おぎそについて


こんばんは。おぎそです。漢字で書くと小木曽。生まれた時から私は小木曽であり、おぎそです。



下の名前は一馬。これも生まれたときから。私は小木曽とおぎそと一馬と生きて来ました。



私は何者なのか、自分らしさとは何か考えた1年でした。でもどこまで行っても小木曽は小木曽、おぎそであり、一馬である事実は変えられないのだから、何者かどうかなんて自分で勝手に決めればいい。でもなんで、みんな自分らしさに苦しむのか。



それはお金と労働のため。手段が目的になっているから。原始時代の人は自分らしさなんて考えもしなかった。むしろ江戸時代の人だって、そんなこと考えていなかったかもしれない。



自分に大きな自信を持って、自分の好きなように生きる。確かにお国のためとか、昔は色々あったかもしれないけど、自分は何者なんだろう、自分らしさって何だろう、なんて今ほど悩んでいなかったのではないかと思う。



ただ、明治以降の作家は比較的、自分のことについて悩んでいたような気がする。自分は何のために生まれて来たのか。何が私の使命なのか。苦悩しながら書を書く。作家やクリエイター、アーティストなんかはみんなそうなのかも。



でもそれって、結局答えが出ないことだし、自分は自分らしく生きる、それ以上でもそれ以下でもなく、今を楽しむのが一番なんだと思うんです。



小木曽、おぎそ、一馬、全部自分だし、この名前を見ていろんな人がいろんなことを思うかもしれないけど、自分は自分の主観、自分の人生を生きるしかない。



だから、2019年も気楽におぎその人生を全うしようと思う。私はおぎそ。とにかく自分の中で1番でありたい。1番のおぎそになりたい。



そんな意味のわからないことを考えてる年の瀬ですが、とにかくおぎそはこれからもおぎそでありますので、よろしくお願いいたします。



まずはおぎそでSEO1位にします。よろしくお願いします。



今回は以上 



小木曽