原体験を書いてみたよ!

 

こんばんは。小木曽です。
めちゃくちゃ更新の間が空いてしまいました・・・
ここからブーストかけていきます。

 

今日は自分の原体験について書きたいと思います。チカイケ さんのブランディング大学校というオンラインサロンで原体験に関するワークを行って、自身の原体験に基づいて改めて考えたのと、箕輪編集室でも原体験が流行ってるみたいなので、満を持して書こうと思います!

 

 

 

事前に100回くらい言いたいのですが、今はなんとも思ってないです。今は本当に、なんともないです!

 

 

ということで書いて行こうと思います。

 

 

目次

自分の理念に関して

 

先日チカイケ さんのブランディング大学校で、自身の理念を掲げました。ちなみに私の理念は

 

世の中の弱者を減らすこと

 

です。またそのほかのビジョンとしては、自己肯定感の低い人の自己肯定感を高めてあげる頑張ったら頑張っただけ成果に繋がる人を増やす教えて欲しい人にはとことん教えてあげる、等を掲げています。そして、自身が社会でサバイバルしていけるように、自身の力をつけていくことを目標としています。

 

そのために今の仕事を頑張って行こうと決めました。

 

そして、これらには少年時代の原体験が影響していると再認識したので、もうぶれることはないと思います。それだけ原体験って重要なんですね。だから今日は、今まで誰にも言ったことがなかった自分の原体験の話をしたいと思います!

 

適当に酒でも飲みながら読んでください!笑

 

サバイバルのような毎日

 

小学校4〜5年生くらいからですかね。家庭が割とサバイバル状態になりました。詳しいことはさすがに書きたくないのですが、家に帰りたくない毎日。家に帰ると悪魔がいる。安全安心のかけらもない、いつも心臓をばくばくさせながら家に帰る毎日。

 

ある日、閃いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クローゼットでうまく隙間を使えばここ寝れる!部屋で寝るより安心!むしろここに住もう。」

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えるくらい安全安心がありませんでした。笑

 

体育座りでクローゼットに隠れながらこの事実に気づいた時、感動した反面、それでは弟の安全が守れないと思い、どうしようかと迷ってしまった。結果、やっぱり普通に寝るしかないと気づいた。常にドキドキしているから、なかなか眠らない上に障害物が定期的に現れるので、まあ眠いこと眠いこと。

 

 

 

 

我ながらハードコアな少年時代だったぜ!

 

 

 

 

たまに車で寝ることがあったんだけど、すごく安全安心!冬でも寒くても、車のが安心。毎日車で暮らしたい!そう思っていたのが小学校から中学校。ずーっとではないけど年に数ヶ月くらい?そういう時期があったかな。不定期にそういうイベントが発生するから、安全な時期でも気が抜けない。

 

そして、自分の身は自分で守って欲しい、、そう思ってしまったのもこの頃です。

 

安全安心が欲しかった

 

そんな感じだったので、とにかく安全安心が欲しかった。中学校になったら部活が増えて、外にいる時間も増えたから幸せだった。部活は正直好きでもなかったけど。家にいるよりはマシ。異常なくらい一人でも外で遊んでるやつだったと思うし、いつも金もないのにフラフラしてるやつだったと思う。

 

すんません、色々大変だったんす!笑

 

そしてちょうど思春期な時期。みんな彼女ができたりして、なんだか浮ついている。俺は引き続き戦いが続いている。世間体を気にしてとても人に言えるようなことではないが、こともあろうが彼女が仮にできたら打ち明けてもいいんじゃないかとか思っていた。今考えたら中学生の彼女にそんなヘビーなプライベートのことを打ち明けようなんて、正気の沙汰ではない。幸い彼女はできなかったので、女の子に振られるってのは辛いことだってのを学ぶことができたいい青春でした。安全安心が欲しかっただけなんだけどね。

 

ちなみにこの頃、絶対に家のことをバレたくなかったので、学校では死ぬほど明るく振る舞いました。自分だけ弁当がなかった日もたまにあったけど、とりあえずバカなふりをして明るく振る舞いました。友達もみんないい奴らだったので、なんとかなるものです!学校が楽しかった。友達は大好きでした!

 

 

そんなこんなでこの頃、自分は自分の力で生きていこうと決めました。中学校の頃ですかね。俺は誰にも頼らず生きていくと決めました。それと同時に、自分の将来の家族には死んでもこんな思いはさせないと決めました。自分さえしっかりしていれば、自分に関わる人を誰一人不幸にさせないでいられる。自分が頑張ればいい。

 

 

 

おそらく、一人で抱え込む性格はこの時に芽生えたんだと思います!笑

 

 

 

頼るのが苦手。会社でもそうだし、コミュニティでリーダーをやっても人に頼れない。別に優秀でもないのにじぶんだけでやろうとして、変な感じになる。

 

わかっていても、自分がなんとかしないとっていう気持ちが強すぎて、やろうとしてしまう。そして圧倒的に人を信じることができない。家族ですら信じていなかった時期があるので、いまだにそれが抜けてないのかもしれない。

 

※繰り返しになりますが、今はなんともないですよ!平和です!

 

高校受験

 

そんなこんなで色々ありましたが高校受験。中学校の定期テストはどうでもよかったので学年で下から10番目くらいでしたが、受験となるとそうは言ってられない。本腰いれて受験をしようと親にめちゃくちゃお願いして、分厚い参考書を各教科揃えてもらい気合いをいれた。

 

そんな矢先、早速壁にぶち当たる。

 

 

 

 

 

「全然問題がわからない。流石にサボりすぎた。。」

 

 

 

 

そして、自分の頭がよくないことを、改めて実感しました。暗記科目はできるが、数学や国語などの科目が全くわからない。布団に包まりながら、ダイソーで買ったランプのあかりで問題を解くが、全然わからない。苛立って壁を殴ったりした。どうしたらいいかわからなかった。

 

そう、自分あんまし地頭よくないんすよ。この時気付いた。

 

また夏休みに、酔っ払いに因数分解を1時間教えるという希少な経験もした。ここから、わからない人への物事の教え方を学んだと思う。いい経験だった。

 

仕方がないので参考書のランクを下げて、少しずつ学んで言ったけど、独学で勉強の仕方もわからなかった自分は結局受験までに大した学力にもならず、偏差値が55弱くらいの公立高校に入学した。

 

 

初めて、自己肯定感が満たされた高校時代

 

高校に入ってからは心を入れ替えて、真面目に勉強をした。睡眠欲が強めなので、授業中はよく寝ていたが、割と真面目に授業は受けていたと思う。

 

中学時代、成績が学年で下から10番目くらいだった自分としては、55弱の高校でもだいぶ頑張った方だと思っていたので、頑張らないと置いていかれると思っていた。

 

そして初めてのテストに望んだ。自分としてはまあまあな出来かなと思っただった。中学校のテストよりも簡単に感じた。

 

そこまで悪くもないだろうなと思っていたテストの結果は、衝撃のものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス1位

 

 

 

 

 

最初、よくわからなかった。確かにまあまあ頑張ったけど、そんな1位になるほど頑張ったわけでは、、そう思いつつも、事実は事実。本当に嬉しかった。人気者になれた!

 

そして、本気でやれば学年でも1位は取れると確信した。実際に学年で1位を取れた。もはやヒーロー。他のクラスの人も俺の名前を知っている。秀才キャラになっている。

 

この時俺は、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対女にモテるわこれ。

 

 

 

 

 

この頃から俺は俺でした。

 

全中高校生に告げたい。ちょっと頭がいいからってモテないぞ。結局チャラチャラしてるいい感じの奴がモテるんだ。勘違いしないように。くそったれめ!

 

そんなこんなで、今まででもっとも自己肯定感を増すことができた。

よく考えたら親から褒められた記憶があまりなかったので、本当に嬉しかったなと。かなり調子にも乗ってました。

 

 

大学受験の赤本事件

 

そんな感じで相変わらず童貞を続けながら過ごした高校三年生。あっという間に部活も引退し、受験シーズン。この時自分は改めて思い出した。自分が別に頭がいいわけではないことを。

 

全然偏差値が伸びない。というか勉強のやり方がわからない。

 

とりあえず先生に頼ってみたけど、先生なんて公務員であり自己満なので、受験のやり方なんて教えてくれない。諦めて図書館に通い詰めた。でも一向にできるようにならない。

 

聞きたいことがあっても聞ける人もいない。わからない問題は一生わからない。塾なんていかせてもらえるわけがないので永遠に独学。それでも友達と励ましあいながら頑張った。

 

※余談ですが、あのしんどいときに「彼女と遊びすぎて勉強しんどい」とか友達に言われたあの瞬間は一生忘れないと思います。

 

そんなこんなでそもそも勉強の要領もわからないまま迎えた12月。

 

 

世の中はクリスマスシーズン。受験生はそろそろブーストをかける時期。基本的にお小遣いの中からブックオフで参考書や問題集を調達していた私。

 

クリスマスくらいはいけるだろうと思って親にある交渉をした。

 

「〇〇大学の赤本が欲しいんだけど・・・」

 

 

 

 

 

 

結論、Noだった。

まあね親には今では育ててくれて感謝してるし、何も思っていないのですが流石にこの時は思った。

 

 

絶対にこんな親にならない。子供の頑張りを摘むような親には。

 

 

当然、家庭の経済状況がよくないのはわかっていた。だから仕方ないともおもう。でも自分はこんな思いをさせたくないと思った。だからもっともっと頑張らないとと思った。

 

結果、大した偏差値でもない大学に入った。誰のせいにする気もなくて、自分が頭がよくなかっただけである。ただ、1つだけ改善することがあるとすれば、勉強のやり方が悪すぎた。もっとやり方があったと思うが、一度も誰にも教わったことがなかったので、頭の悪い自分では考えることができなかった。

 

この時の経験があるから、自分は何かを教えて欲しい人にはきっちり教えてあげようと思うし、教えてあげてるのにやる気がない人には興味がなくなってしまう。実際その方がWinWinだったりするしね。

 

過去の経験が自分の軸になる

 

そんなこともあり大学からはバイトもしてたし特に荒れた環境もなく、平和に暮らして今に至ります。

 

細かいことをあげるとキリがないので、このくらいにしておきますが、

 

・弱者の味方でありたい
・頑張った人に頑張っただけ成功する世の中にしたい
・教えて欲しい人にはとことん教えてあげる
・自己肯定感が低い人を高めてあげる
・社会でサバイバルしていける力をつける
・守りたい人を守れる力をつける。

 

この辺りはそれなりに根強い原体験に基づいてるので、おそらくぶれることはないと思います。社会人生活よりもあの頃のが大変だったと思えるので、今でもそこそこ前向きに生きていける。そして長い長い闇があったからこそ、自分の周りの人には笑っていてもらいたい。人が笑っている顔を見るのが幸せ。そもそも人が好き。だから友達も親も幸せになって欲しい。

 

そう思えるんだと思います。だから、本当に色々あったけど今では家族にはなんとも思っていないですし、メンタルは弱いけど死んでもすぐ生き返るんだと思います。ほんと、いい人生を歩んでる!!

 

そして、お金はやっぱり大事!ないよりはあった方がいい!お金がなければ、子供が誇りに思えるような何かを持っていないとダメだなと!だから俺は貪欲に頑張り続ける。なんだかんだ一人で頑張ってきたから、頑張れば大概のことはなんとかなるってわかってるので笑

 

そんな原体験を振り返るいい土日でした。自分の人生もまだまだこれからなので、どんどん行こうと思う。過去をバネにして、逆境をバネにして、引き続き頑張ろうと思う!

 

 

楽しくいこう!何にも縛られず!人生全てエンタメや!

 

 

以上、途中途中重くてすんませんでした!もっともっと書きたいことはあるけど、小出しで出していきます!

 

そして、こんな小木曽を引き続きよろしくお願いいたします。みんな大好きです。

 

 

 

 

 

しゃあああああ、やるぞ!!

俺には人生の勝算があります。

 

 

小木曽